ゴールドジムイースト東京所属、ボディービルダー田代誠選手。

1971年3月3日生まれ鹿児島県出身の田代誠選手。
2001年~2004年日本ボディビル選手権優勝し一度引退をしたものの、2012年に復活をし、2013年世界ボディビル選手権70kg級3位という成績を持つ選手です。
ミスターパーフェクトの異名を持つ田代選手ですが、THINKフィットネスの取締役として全国のゴールドジムを束ねている傍らで、トレーニングを実施し結果を残している選手です。

「鈴木雅選手は上司でも有り尊敬する憧れの田代誠選手と一緒の舞台に立てたことを嬉しく思います。」というコメントを残したように、一度引退をしたのにもかかわらず世界大会で3位という結果を残す事が出来る優秀な選手です。
仕事に対してもクールな一面があり、結果を残した途端に態度を変えてきた業者などに対しては、冷静に判断し切り捨てるといった部分もあります。

田代誠選手は、ゴールドジムではアドバンストレーナーとして親店オープン時に鈴木雅選手などと一緒にトレーニングセミナーを行ったり、スタッフ向けにトレーニング研修を行うなど文武両道といえる選手です。
プライベートでは離婚歴があるものの、ゴールドジムイースト東京に勤務していた坂本愛美さん(プロトレーナー)と入籍をし、公私共に充実した生活を送っているようです。
決して若い選手ではありませんが、これからも公私共に活躍を期待したい選手です。

アウクスブルク所属の宇佐美選手が電撃移籍。日本代表復帰を目指す!

アウクスブルクに所属していた日本代表の宇佐美選手が8月30日にドイツ2部のデュッセルドルフに電撃移籍しました。
今シーズンが開幕してから所属していたアウクスブルクでは出場機会が得られず戦力外状態になっていた宇佐美選手。
出場機会を求めて活躍の場をドイツ2部へ移しました。

宇佐美選手はガンバ大阪のユースに所属していました。
若いころから才能を発揮し各カテゴリーの世代別日本代表にも常に選出されていました。
2011年には、ドイツの名門バイエルンへレンタルでの移籍を果たし注目を集めました。

その後もドイツのチームに所属し2013年にはガンバ大阪に復帰しチームのストライカーとして活躍していました。
ガンバのクラブ史上初となる高校2年次で飛び級昇格を果たした天才は現日本代表監督のハリル・ホジッチ監督からも高い評価を得てハリル監督就任後から常に代表に招集されていました。

しかし他の選手(原口選手や大迫選手・久保選手)の台頭により少しづつ代表から離れていきました。
ガンバから再びドイツへ挑戦した宇佐美選手。
アウクスブルクへ移籍しましたがそこでも出場機会が減り代表からも完全に遠ざかってしまいました。

ハリル監督はメンバーを選ぶ際、クラブチームでの出場数やコンディションを重視します。
クラブで出場機会が得られなければ必然的に代表からも遠ざかってしまいます。

W杯アジア最終予選も宇佐美選手の招集はありませんでしたが、ロシアW杯を目指す若き天才は活躍の場を自ら変えました。
ハリル監督溺愛だったエースの完全復活はあるか。
宇佐美選手のような若き才能が今の日本代表にも必要だと思います。

お嬢様酵素の効果的な飲み方。結婚前に短期間で痩せる!

もうすぐ結婚式を控えていたので、費用の掛かるブライダルエステに通う代わりにお嬢様酵素を活用して、短期間ダイエットを先日実践しました。
これを選んだ理由は、ズバリ各社の酵素ドリンク商品の中でも1本4000円位で安く購入できるからです。
素材についても植物原料に拘っている点が、私の敏感な体質にも安全そうだったので決め手になりました。
続きを読む

サッカーブンデスリーグ「フランクフルト」に所属、長谷部誠選手。

私の紹介するスポーツ選手は、サッカー ドイツブンデスリーグ「フランクフルト」に所属する長谷部誠選手です。
ポジションはミッドフィルダーですが近年はディフェンスラインでも活躍しています。
昨年、所属チームでの試合で怪我を負い、長らく戦線を離脱することになりました。
今季はその怪我も治り、復調し開幕より活躍が期待されます。また日本代表としてもキャプテンとしてチームを引っ張っています。

昨年、長谷部選手の離脱中には日本代表のボランチの人材不足が浮き彫りとなりました。
今の代表には長谷部選手の変わりはまだおりません。
精神的支柱としても彼の存在は必要になります。

長谷部選手のキャリアはJリーグの浦和レッズでスタートしました。
当初はトップ下の攻撃的選手でドリブルで持ち運ぶような
アグレッシブなスタイルでプレイしておりました。しかし、その後ポジションを一列下げボランチが主戦場となります。

その後ドイツに移籍後は、様々なポジションを任せられポリパレントな器用な選手として重宝されました。
ボランチの他、右サイドバック、センターバックなど、負傷退場者が出た試合ではなんとゴールキーパーまで任されるほどの
器用さを兼ね備えた選手です。
長谷部選手は、非常に安定感のある頼りになる選手です。

日清食品グループ村澤明伸選手、北海道マラソン優勝おめでとう!

8月27日に北海道マラソンが行われました。
毎年、多くのトップランナーが参加する夏マラソンの大会ですが、今年からグランドマラソンチャンピオンシップの予選の大会の1つとなり、2020年の東京オリンピックとして前年のアジア選手権の代表選考レースになりました。
それもあってか、トップ選手とはいえ、オリンピックに出るようなレベルまではいかないランナーが多かったのですが、今年はレベルの高いランナーが集まっていました。
その代表格とも言えるのが、村澤明伸選手でした。

村澤選手は佐久長聖高校の時からエースとして注目され、東海大学に入学後は花の2区で日本人ランナーでも数少ない1時間6分台で走り、17人を抜く活躍を見せるなど、将来を期待されているランナーの1人です。
しかしながら、東海大4年の時にはケガで箱根駅伝に出場できず、日清食品グループに入社してからもニューイヤー駅伝などでも善戦の走りは見せるのですが、本来持っている能力とは程遠い結果がならぶ日々でした。

今回の北海道マラソンは、村澤選手2回目のマラソンです。
初マラソンは2016年のびわ湖毎日マラソン。
この大会では積極的にトップを引っ張るレースを展開していましたが、後半30km以降ペースダウンし、結局28位という低調な記録に終わりました。

今回の北海道マラソンは、北海道で行われるとはいえ、スタート時は25度前後、ゴールでは28度まで上がり、なおかつ日差しが強い中でのレースでしたので、スピードだけでなく、夏のマラソンを走りぬくだけのスタミナが要求されたレースでした。
私も趣味でマラソンを行っているので、同じ北海道マラソンに参加していました。
新川通りの直線でちょうどトップランナーとすれ違うことができたのですが、30km過ぎではトップから5秒ほど離された位置で走っている姿を見ました。

しかしながら、力強い走りをしていたので、きっと追いつくだろうなというような見方を、私も走りながらしていました。
私が結果を知ったのはゴール後に配られていた号外でしたが、ニュース速報や新聞を見ても、村澤選手が初マラソン時のことを反省して後半勝負の走りを考えていたとのことで、さすがだなと感じました。

タイムは2時間14分台ですが、気象条件を考えれば、素晴らしい結果だと思います。
GMCの出場権も得ましたので、村澤選手にはGMCでも持ち前のスピードと粘りを活かした走りをしてほしいと思います。

武豊騎手には60歳までジョッキーを続けて欲しい!

今年で48歳のJRAの武豊騎手は、大阪杯と天皇賞春というG1レースを勝っておりまだまだ健在であるとアピールしてします。
しかし一度も崩れたことがなかったキタサンブラックで挑んだ宝塚記念では、1度も先頭に立つことなく惨敗しました。
この敗戦が余程堪えたのか、その後の中京開催は散々な結果に終わりました。

武豊の同期の蝦名騎手や1つ上の横山騎手は、今年に入り低迷しており武豊騎手の成績はちょっと異様とも言えます。
今年もドバイにも参加しましたし、札幌で行われるワールドオールスタージョッキーズにも選出されました。
リーディングトップの戸崎騎手に比べて勝ち星は半分以下ですが、武豊がまだまだJRAの顔なのです。

しかし全盛期の4割に満たない勝ち星しかあげられないのは、武豊ファンとしては悲しいものがあります。
特にずっと格下だと思っていた福永騎手にこの数年間ずっとリーディングで負けているのは残念です。

最近のリーディングはエージェント次第と揶揄されています。
福永騎手のエージェントは関西No.1の小原氏で、岩田騎手と四位騎手と馬を回し合って勝ち星を伸ばしています。

それに対して武豊騎手は専属エージェントで、馬の回し合いができません。
今度エージェントが1人体制になるらしく、馬の回し合いが解消されれば、もう少しリーディングの順位は上がるでしょう。

武豊騎手はこれまで数々の落馬事故で休業を余儀なくされました。
今度落ちたら最後だと思うので、怪我なく60歳まで続けて欲しいというのがファン一同の望みです。

マンバメンタリティを継ぐ男、ラッセル・ウェストブルック。

マンバメンタリティとはブラックマンバという愛称で呼ばれたコービーブライアントの負けず嫌いであり、諦めずに挑戦し続ける精神のことを言いますが、コービーブライアントがNBAから引退したい今その精神をよく継ぐ人物がラッセルウェストブルックです。

彼は昔からオクラホマシティ・サンダーのエースであったケビンデュラントよりも多くのシュートを放つことから幾度となく批判の対象となってきました。
そんな中、昨シーズンデュラントがゴールデンステイト・ウォーリアーズに移籍するという多くのNBAファンを驚かせる決断をしてからウェストブルックは突如としてオクラホマシティ・サンダーのエースになりました。

サンダーは昨シーズンはカンファレンス3位でしたが、エースが抜けた後の下馬評は当然酷評で、今シーズンはプレイオフにすら出れないであろうという予想も多くありました。

しかしウェストブルックが約50年ぶりのシーズントリプルダブルを記録するなど数々の大記録を叩き出していき、サンダーをカンファレンス6位という結果に導きプレイオフ進出を決めました。
そのウェストブルックの精神の根本にあるのはやはりマンバメンタリティであり、それがエースの抜けたサンダーを牽引していける原動力になっているのではないでしょうか。