安部友裕選手は覇気でカープを支える!

昨年、25年ぶりの悲願の優勝を遂げた広島東洋カープ。
そのカープを支えた1・2・3番「タナキクマル」や最多勝投手の野村祐輔選手はみな同じ学年です。
そしてその学年であり、レギュラーの彼らとは違い、試合によっては出場しないこともある選手が、背番号60番・安部友裕選手です。

この安部友裕選手、今年はバッティングが絶好調で、5月半ばの時点で規定打席にわずかに届かないものの、あの巨人の坂本選手を超える高打率をマークしています。
お立ち台では「覇気」という言葉を連発し、ファンの間でもじわじわと浸透するなど、今まさに名実ともに名選手になろうかとしているところです。

そんな安部友裕選手ですが、実はかなりの苦労人で、「覇気」を微塵も感じられない時期もありました。
当時は12球団から調査書が届くほど期待された選手で、高校生ドラフト1位で広島に入団しました。

しかし1軍ではなかなか結果が出せず、2軍暮らしが続きました。
試合でのエラーや、自打球を申告せずに三振となってしまうなど、誰が見ても”ふてくされていた”と思います。
「安部友裕はもう出てこないだろうな…」と思ったファンも多くいたことでしょう。

ですが、東出コーチから「覇気がない」「覇気を出せ」と言われ続け、それがきっかけとなり、安部友裕選手の意識が変わっていったそうです。
今はとにかくポジティブで、ベンチでも誰よりも熱く応援しています。

そして、打撃でも結果を出し続けています。
くすぶっていたところを、「覇気」を合言葉に意識を変え、活躍している安部友裕選手から今後も目が離せません。

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